UPHYCA
JOMONIAN WITCHCRAFT
縄文魔女術実践グループ ウフィカ

ウフィカ論 あるいは魔女の復権

2013年11月25日 | 御影抄

中山太郎著「日本巫女史」によれば、原始神道は巫女教だったと言う。


 現代日本では女性の力が強まり、それに付随して女性本来の霊的な力である「巫女の復権」が少しずつ感じられるが、その中でも最近では西洋魔術や魔女術を学び実践している谷崎榴美女史を中心とした若い女性たちが、日本人が西洋の神秘学を学ぶ上で生じる矛盾や葛藤を超克し、日本人が自分たちの本来の伝統ではない西洋の文化だけに囚われずに試行錯誤した結果、ある意味で元型直結とも言える縄文時代の火の女神の信仰を再発見し、古神道的に古代縄文時代の日本の火の女神を信仰して、自分たちを「火の巫女(火巫女=ひみこ)」と確信し、古代日本の縄文期の祭祀を探求しておられる事を知った。
 その女性たちは自分たちのグループを「ウフィカ(アイヌ語で燃やす、という意味)」と 名乗り、火と水を使う祭儀を行なっているが、これも新しい古神道の一つの現れではないかと思う。

 ウフィカはソロ魔女のグループであって、カブンではないと言う。
 これも従来までの魔女を志向する古い世代とは一線を画しているし、従来の西洋の魔女の劣化した模倣にすぎない日本の魔女たちに、大きな可能性と受容性を提示した、極めて重要な主張だと思う。
 この場合の魔女は、西洋的なステレオタイプの魔女像ではなく、本来のペイガン(異教徒)としての魔女という意味からすれば、神道と仏教が混在した神仏習合の文字通りの異教徒である日本人が、その持って生まれた文化や思想と、西洋の神秘学の術式や方法論を合致させた、新たな霊的な和魂洋才であり、世界に提示出来る魔女のモデルケースになると思う。

 元来、西洋の魔女と日本の巫女とは、同体異名とさえいえる共通点がある。
 魔女のサバトと、巫女の歌会や盆踊りなどの性的な秘儀。
 魔女のダンスと巫女舞。
 神々を自らの体に受容する地母神・女神志向。
 占術や薬草や料理などの賢女性。
 月や女神などを崇拝する信仰体系。
(日本では伏見稲荷=豊受姫の阿小町という神殿巫女がいた)
 etc...
 数え出せばきりがないくらいの共通点があり、日本では魔女=巫女と断言しても良いだろう。

 日本では歩き巫女という集団が、実は近世までもいた。
 旅をして全国をさすらい歩き、依頼があれば祈祷や占術や神降ろし、そして春をひさぐこともした。
 戦国時代などは、合戦場を訪れ武士たちに春をひさぎ、そして合戦後は死者の慰霊を行い、死化粧までを行なったほど、生と死の両方を司る女性たちであった。
 古代ギリシアの神殿でも、巫女たちは「神の妻=聖娼)聖なる娼婦」として誰のものにもならず、巡礼者と一晩を過ごし、その時の性行為のエクスタシーやその後の夢を神示として巡礼者に伝えていたと言う。
 こうした聖娼がキリスト教的な概念では魔女として蔑まれ、恐れられ、誤解されてきたという西洋の背景があるが、幸い日本は八百万の神々がゆるやかに治めている神国であり、原型的な巫女が色濃く残っている。

 こうした魔女=巫女論は膨大な文字数になるので(日本巫女史を見よ)、今回はこの辺にしておく。

 さて、そうした魔女=巫女の元型は、果たしてどこにあるのだろうか。
 谷崎留美女史は魔術や魔女術の実践を通して、日本人ならではの、いや何人という分類が出来る以前の姿を幻視したようだ。
その結論として、縄文時代の土器や土偶などに見られる姿に大きな「火=秘」を見たのだ。
 それからの谷崎女史の行動は早かった。
 手に入れる限りの文献を入手して熟読し、実際に縄文式土器を何度も見に行っている。
 そうして自分が従来やってきた魔女術と、日本の巫女たちと、それらの共通した元型を見られる縄文の火の女神を再発見したのだ。
 これは日本の宗教史の1ページを開く偉業だと思う。

古来より、日本は女ならでは世も明けぬ国だった。
神道の最高神とされる天照大御神も、元来は太陽神に仕える巫女神である。
天照大御神が岩戸隠れした時も、元祖巫女神といえる天宇受賣命が性的なダンスによって窮地を救った。
そして、その時に天宇受賣命をダンスを見た神々は咲(わら)ったと言う。
この笑顔になることを花が咲くことに例えているが、これも巫女の力であると思う。

 現代日本の魔女であり巫女集団である「ウフィカ」にしても、彼女たちはネット上のつながりを保っている。
 ネットという霊的な世界を具現化した電脳世界でのみ、やりとりをするという新しい試みであるが、それが日常生活との良い意味での区切りとなり、皆それぞれの日常生活と霊的生活を分けている健全ぶりも評価出来るといえよう。
 そして、これも側聞及び自己申告なので、実際はどうかわからないが、ウフィカの巫女たちの大半は処女であるという。これもたまたまそのようになっただけのようだが、ウフィカの純粋性や霊的な側面を証明しているとも言えるだろう。

 ウフィカの活動の大きな特徴の一つに「水曜拝火会」がある。
 ウフィカは自分たちを「火の巫女」と位置づけるほどに、縄文時代からの神聖な「火」を重んじている。
 この「火」をみつめながら、グループの緩やかなリーダーである谷崎女史やその時々のメンバーを中心にして、誘導瞑想や儀式を同時多発的に行なっている。そして、この水曜拝火会はウフィカのメンバーでなくとも、誰でも参加出来る公開儀式(瞑想)となっている。
こうした秘密性の保持と、公開性の両方を体現しているのも面白い試みだと思う。

 そして、ウフィカは決して谷崎女史の私する団体でなく、むしろ谷崎女史がいなくても成立する形態を最初から目指している。わずか三ヶ月の活動で、ウフィカの巫女たちは、既に自分独自の魔女観や儀式を生み出すようになっているという。これは従来の神秘団体からすれば特筆すべきことであり、それと同時に、当然ながらいつでも自由にウフィカを辞める事もできるという。

 私は魔術や古神道の実践を通じて、巫女の力というものを思い知らされた人間であり、残念ながらウフィカは女性のみをメンバーにしているので、永遠にウフィカの秘儀を体現することはできないが、心から応援したいと思う。
 うれしいことに谷崎女史は古神道にも造詣深く、どうやらウフィカの上の段階では「審神者(さには)」を導入する予定らしい。
 私はウフィカこそが、中山太郎のいう原始神道である巫女教の復活であり、真の古神道であると信じている。